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大阪高等裁判所 昭和49年(う)708号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、京都地方検察庁検察官検事斉藤正雄作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人隅田勝巳作成の答弁書、及び、答弁書の補足陳述書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

検察官の論旨は、原判決中判示第一の点について事実誤認、法令の解釈適用の誤りを主張し、原判決が威力業務妨害、電汽車往来危険の訴因について、威力業務妨害の事実はこれを認めたけれども、電汽車往来危険については犯罪の証明がないとしたのは、事実を誤認し、刑法一二五条の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて本件記録及び原審において取り調べた証拠を精査し、当審における事実取調の結果をも併せて検討し、次のとおり判断する。

原判決は、電汽車往来危険の訴因について「公訴事実にある日時場所で被告人等七名が共謀のうえ、うち二名が公訴事実のとおり火炎びん等を投下し列車軌道中央部分に於て燃えあがらせたこと、およびその直後、公訴事実記載の日時に同地点を通過すべく第七八六四号列車が接近していたことは明らかである。」「往来危険罪の構成要件にいう『往来の危険を生ぜしめ』るとは、当該具体的状況から判断して汽車又は電車等の安全な往来に対し実害が発生する一般的可能性のある状態を作出することを必要とすると解せられる」としたうえで、「往来の危険を生ぜしめる」状況が発生したかどうかを検討し、「機関士が右火炎発見後、非常制動をかけて列車を停止させた場合、同列車の一四両目ないし三一両目がその火炎の上に位置することになり、この場合、貨車連結部のエアホースが右炎上に位置する可能性は十分にあり、ホースはゴム質で易燃性である上に、ホース下端位置が低く、直接炎にさらされるため大きく焼損する蓋然性があることは認められる。しかし、エアホースを焼損したとしても、右焼損により制動管エアが抜け制動がかかり放しになり、再び列車を運行させるためには当該エアホースを取り換えた後、制動管エアーが充填されるのを待たなければならないことも認められる。」「とはいえ結局火力がエアーホースを焼損した後更に列車にまで延焼すると認めるに足りる証拠はない」と判示し、さらに後続列車による追突のおそれは認められず、また列車の脱線・転覆、列車火災、軌道火災等による往来の危険を生じたとは認められないとしているのである。

そこで、まず、右エアホースの焼損と列車火災の点について考えるに、原判決は前記のように、本件火炎びん等の火炎により本件貨物列車の一四両目ないし三一両目のいずれかの連結部エアホースが直接炎にさらされるためこれが大きく焼損される蓋然性を認めながら、その火力がさらに列車にまで延焼すると認めるに足りる証拠がないとの理由で電車往来の危険を生ぜしめたということはできないと判示しているけれども、関係証拠によると、本件貨物列車のブレーキ装置は貫通自動(空気)ブレーキであるが、エアホースは右ブレーキ装置の一部として重要な部分を構成しており、これが列車運行上果たす機能は極めて重要であつて、エアホースの機器それ自体が列車の一部であるということができ、かつ、エアホースを焼損すると制動管エアが抜け、制動がかかり放しとなり、そのままでは列車の運行が不可能になることが認められるから、エアホースを焼損することは、たとえそれ以上に貨車の車体部にまで延焼しなくともそのこと自体列車の一部を焼損することであり、これがとりもなおさず列車火災の一態様であるということができるのである。原判決はエアホースの焼損のみではいまだ列車火災とはいえないと考えているようであるが、かかる考え方は誤りであるといわなければならない。次に論旨は本件によつて「エアホースの焼損」以外の列車火災の危険をも生じたというのであるが、証拠を検討すると、所論に副う原審証人奥村新重郎、同古川武、同前田久雄の各証言は、鉄道技術研究所化学研究室長研究員喜多信之ほか三名作成の鑑定書に照らすとにわかに措信できず、右鑑定書が「貨車については床、床下機器、輪軸等に走行上支障を来すような損傷は生じない」と鑑定しているところからみて、右各証言から直ちにエアホースの焼損のほか、さらに列車の他の部位を焼損するおそれがあつたと認定することは困難であり、この点の原判決の判断は結論において誤りはない。

検察官の所論は、さらに、軌道火災の危険、列車の脱線・転覆の危険、後続列車による追突の危険をも生じたと主張するのであるけれども、昭和四六年一二月一四日付起訴状の公訴事実には「列車に火災、脱線の事故発生のおそれを招来させ、もつて電車の往来の危険を生ぜしめた」とあつたが、同四九年三月一五日の第一一回公判期日において追加的変更がなされた訴因のうち電車往来危険の点については「列車に水災事故発生のおそれを招来させ、もつて……電車の往来の危険を生ぜしめた」とあるだけで、所論の軌道火災、列車の脱線・転覆、及び追突の危険については掲げられていないから、本件電車往来危険の訴因における具体的事実の主張としては「列車の火災の危険」のみであるというべく、したがつて、検察官が事後審たる当審において原判決の事実誤認、法令適用の誤りを主張するについて、一審で訴因に掲げていない右軌道火災、脱線・転覆、追突の点を理由とすることは許されないところであるのみならず、右所論の各危険については証拠を検討しても、にわかにその存在を肯認することはできない。

以上のとおりであつて、本件においては貨車連結部エアホースの焼損事故発生のおそれを招いたことが、とりもなおさず列車に火災事故発生のおそれを招来させ、これによつて電車の往来の危険を生ぜしめたものであると認められるのに、原判決が電車往来危険罪の成立を認めなかつたのは事実誤認、ないしは刑法一二五条一項の解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨はこの限度において理由がある。

そして、原判決は右電車往来危険の点については主文において無罪の言渡しをしていないが、右罪は原判決が有罪とした原判示第一の威力業務妨害罪と観念的競合の関係にあり、これらと、同第二の一、二の各爆発物の製造、同第三の火薬類の所持の各罪とは刑法四五条前段の併合罪の関係にあるとして右第一ないし第三の罪につき一個の刑を言渡したものであるから、結局原判決は全部破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

(罪となるべき事実)

原判決が認定した原判示第二の一、二、第三の各事実のほか、当裁判所が認定する第一の事実は原判示第一のうち「貨物列車第七八六四号に一時停車しなければならない恐れを生ぜしめ、」とある次を、「かつ、同列車の連結部エアホース焼損事故発生のおそれを招来させ、もつて、威力を用いて日本国有鉄道の輸送業務を妨害するとともに、電車の往来の危険を生ぜしめ」と改めるほかは、右第一の事実と同一であるからこれを引用する。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

被告人の右判示第一の所為中、威力業務妨害の点は刑法二三四条(二三三条)、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項(刑法六条、一〇条)、刑法六〇条に、電車往来危険の点は刑法一二五条一項、六〇条に、原判示第二の一、二の各所為はいずれも爆発物取締罰則三条、刑法六〇条に、原判示第三の所為は火薬類取締法二一条、五九条二号にそれぞれ該当するところ、右威力業務妨害と電車往来危険とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により重い電車往来危険罪の刑で処断することとし、爆発物取締罰則違反、火薬類取締法違反の各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文一〇条により最も重い判示第一の電車往来危険罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし(ただし短期は第二の罪の刑のそれによる)、その刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、諸般の情状を考慮し同法二五条一項を適用して本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(藤原啓一郎 野間禮二 加藤光康)

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